岡山地方裁判所 昭和40年(わ)625号 判決 1965年10月21日
被告人 中村こと西崎友久
大一四・二・一五生 無職
主文
被告人を罰金一〇、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和四〇年八月三一日午後九時三〇分頃、岡山市清水二六三番地酒類小売商戸川忠久方において飲酒中来合せた石井義重(当三四年)にからんだのち、一旦は同人に謝罪したが、同人が釈然とした顔付をしなかつたとして立腹し、同人の顔面を手拳で一〇回位殴打し、よつて同人に対し全治一週間を要する右側頬部打撲創を負わせたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
判示事実につき
刑法二〇四条、罰金等臨時措置法二条、三条(罰金刑選択)
労役場留置につき
刑法一八条
(常習性を認めなかつた理由)
本件は、暴力行為等処罰ニ関スル法律一条ノ三にあたる常習傷害として起訴されたものであるところ、被告人の前科調書によれば、被告人は昭和二三年三月傷害罪で罰金に処せられたのを最初に、昭和三四年二月同罪により罰金に処せられるまでの間、傷害、暴行、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反などの罪によつて懲役刑に処せられたこと一回、罰金刑に処せられたこと一〇回に及び、昭和三三年一一月殺人予備罪により懲役二年に処せられて同三六年三月仮出獄したのちも、同年一一月暴行罪により罰金に処せられておるのであつて、その当時被告人が暴力行為を反覆累行する習癖を有していたものと認めることができる。
しかしながら、本件犯行時においても被告人にかかる習癖がなお存続し、その習癖の発現として本件を犯したものであるかについては、更に本件の実態を検討し、慎重に決すべきものと考えられるところ、被告人の検察官、司法警察員に対する供述調書、被告人の診断書、右前科調書等によれば、被告人は昭和三六年一一月暴行により罰金刑に処せられてのちは従来の乱れた生活態度を反省一変し、原因となる飲酒を自制して、木型工として真面目に働いていたのであつて、右罰金を最後に約四年に及ぶ間、暴力行為に基因する罪によつて処罰されることは全くなかつたことが認められるのみならず、昭和四〇年四月一日交通事故で受傷入院、同年七月一六日ようやく退院したが、右傷による意識不明時の四月一五日妻は病死していたため、被告人は入院により職を失い、妻も看とれなかつた結果となり、同居の家族一人とてないままに再び酒に気をまぎらわせるようになり、本件を犯したものであること、本件においても判示のように一旦は被害者に謝罪しているのであつて、なお自制心のくむべきものあることが認められること、等よりすれば、被告人の前科より認められる習癖は被告人自身の自制心によつて既に強く矯正されていたのであり、本件は従前の習癖の発現とは見られず、むしろ、右の習癖とは断絶した、前記のような身上の急変による偶発的なものと認めるのが相当である。
尤も、丸山志郎の司法巡査に対する供述調書によれば、同人は本件に先立つ昭和四〇年八月下旬頃、被告人から故なく胸ぐらをつかんで押されるなどの暴行を受けたことが明らかで、被告人も一部これを認めているが、これとても本件と同じように解すべく、その他戸川久代、青江宜久の司法警察職員に対する各供述調書中にうかがわれる被告人の行状についての供述は、全く漠然としたものであつて、これらを重視してたやすく本件につき常習性を認めることは到底できない。
以上により本件につきその常習性を否定し、単純傷害と認定した次第である。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 谷口貞)